『地域に貢献する地球市民』の気概を持って

#チャレンジ2030 近い未来へバトンを!安心・安全・ワクワク

2013年03月

 あるJRの窓口に行きました。
あらかじめ、乗継などネットで調べて、ワープロ打ちした紙を窓口の若い男性担当者に渡しました。
 北九州市の門司港駅(もじこうえき)までの切符を発券してもらう時でした。

 今は、コンピュータで駅名や時間等を入力して発券していますが、入力に随分手間取っています。画面を覗くと・・なかなか画面に門司港という漢字が出てきません。
ついに担当者は、私にこの駅何と読むんですか?と聞いてきました。
 かなり、驚きました。
 
 また、ある交番で、若い女性の警官が単純な名前の漢字が書けないことに遭遇しました。

 ところが、別の日、同じJRの窓口で若い女性担当者は、外国人のお客に英語で応対し、切符を発券しています。
 更に、駅前交番の若い男性警官は中国人らしき道を尋ねる人に中国語らしい言葉で道順を説明しています。

 厳しい就活戦線に勝ち残り、一流企業の社員や公務員になった方々も多いと思います。

 これから、社会人として仕事を覚え、
 仕事が面白くなり、
 仕事にやりがいを持ち、
 仕事を自分のものにしていく、

 失敗もあるかもしれません。
 恥をかくこともあるかもしれません。

 今の時代はすべてパソコンで書類を作成しますので、漢字は益々、書けなくなるかもしれません。
 ただ、自分の仕事に関する漢字は読めるようになりましょう。

 新社会人の皆様

 漢字が読めないことに平気にならないことが、仕事が楽しくなるコツかもしれません。

 社会人になり、私が読めなかった漢字 長野市川中島下氷鉋。  

2013年3月活動月報

 3月28日で上田市議会議員3年を経過し、4年目に入りました。
多くの方に支えられての議員活動でした。
 
 当初は慣れてはいけないと思いつつ、自分でも気が付かないうちに慣れていく。
 
 改めて
 当たり前のことが普通にできること。
 謙虚。

 を忘れないことを決意して、4年目に入りたいと決意しています。

 本日はわがまち魅力アップ応援事業の全市を対象とした市民団体の公開プレゼンテーションを傍聴しました。 

 上田市では、平成20年度より、わがまち魅力アップ応援事業補助金をスタートしています。
この補助金は、自治会や各種市民活動団体等が地域課題の解決や地域の活性化を目的に、自主的・主体的に取り組む事業に対して対象経費に対して10/10の補助金を出すものです。
 今年1月の募集より(事業開始は平成25年度)、制度の内容が大幅に変わりました。
対象者:市内の自治会、自治会連合会、5人以上の市民活動団体
補助限度額 200万円(補助期間内の総額)
補助率 補助対象経費の10/10以内
補助期間 5年以内(補助総額200万円以内)
募集時期 年3回(2月、6月、9月の予定)

 他市の事例からも多分、これほど魅力的な内容の市民活動に関わる補助金はないと思います。

 また、事業を行う地域によって審査を行うところが2つに分かれていることも特徴的です。
事業を行う地域によって市内を9地域にある地域協議会(合併の際に、地域内分権を主に協議する市長の諮問機関)で行うものと、今回傍聴した、全市を対象として行う事業については、市内9地域の地域協議会正副会長が審査を行います。

 今月中旬に行われた地元の塩田地域協議会内のわがまち魅力アップ応援事業の審査では自治会、市民団体15団体がプレゼンを行いました。
 この公開プレゼンも傍聴に行きましたが、地域と全市、それぞれの事業には特色があります。
 地域での応募内容は、地域誌の作成や文化財の修復や公園・花壇整備などの自治会からの申請やその地域でのイベント運営やウォーキング等がありました。

 今回、傍聴した全市的な取り組みの応募内容は、婚活講習会、全市的なボランティア、イベント等9団体がプレゼンにのぞみました。

 わがまち魅力アップ応援事業は、平成25年度当初予算で1億円(平成24年度は5000万円)が計上されています。

 補助金についても様々なご意見があります。
使い道を含め補助金が終われば活動も終わる継続性が心配されることなど。
しかし、まちづくりをやりたいという新たな市民の方々、
この活動を通じて新たな、地域や世代を超えた、つながりができることに期待も持てます。

 議員をさせて頂くまで、事務局長を務めていたまちづくりNPOでの活動は大変でしたが、楽しいものでもありました。
 40年前に廃線になった地方鉄道の線路敷あとをめぐるハイキングツアー
 七夕の夜、お祭りの商店街で空き店舗を使った本格的なおばけやしき
 まちなかのヒントを探しながら、お店をさがず探偵ツアー
 ミステリーバスでいく市内の商店街探偵ツアー
 廃校の体育館を使ったDJ教室
 留学生とともに地元の名産を仕入れ、テント販売体験

 イベントを企画するたびに、
入念な現地調査
そして見ず知らずの地元の方々や商店に飛び込み交渉
様々な方々の協力、思わぬところからの助け舟
約6か月から1年がかりの計画です。

 イベントが終わったら、しばらく企画はやめよう・・と思うのですが、
イベントに参加された見ず知らずの方々が驚く顔、喜ぶ顔、最後は楽しかったと言ってくれる言葉に、
また少し時が経つと次はどんなイベントをやろうかとなるのです。

 市民団体の方々のプレゼンを聞いていて、ちょっと前までの自分を思い出していました。

 まちづくりの活動は、難しいものなのかもしれませんが、自分のやりたいことに熱意があると、賛同者が出てくるものです。そしてイベントを通じて新たなつながりができます。

 今は、イベントの企画ができないのでちょっとさびしい気分です。

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  本日は、上田市と隣接している坂城町との両議会の議員研修会(毎年、相互を開催地として行われる)が、坂城町・鉄の展示館、中心市街地コミュニティホールで行われました。
 研修会では、刀匠である宮入小左衛門行平氏(人間国宝、故宮入行平刀匠の次男)の講演がありました。
『技を伝える』 日本刀制作の中で、と出したお話からは、

刀の使われたかたは、時代劇によて誤解された。
江戸時代はめったに刀は抜かない、両者が刀を抜くということは両成敗されてしまうことを意味した。
戦国時代、刀よりも飛ばして当てるもの、たたくものが殺傷力があり、主な武器だった。
室町時代の鉄砲が伝来したが、通常ならばもっと飛び道具が普及するはずなのだが、江戸時代まで刀が重宝された。
など刀の歴史から始まり、伝統技術の継承の話になりました。

 今の時代は、作刀に限らず、技術を継承していくことが難しい。なかなか次の世代に受け継ぐことができない。
なぜならば
弟子には手取り足取り教えない。見て覚える。
弟子入りして掃除ひとつにしても、自己流は許されない。
長い時をかけて、道具の置く場所から仕事のすべてが、合理的になっているからだ。
だから、自分で見て覚え、自分自身が悩みながら身につけることが近道である。人から教えられたことは忘れやすい。
 毎日叱られながら、ある日突然わかるときがくる。工程ごとにこの繰り返しを体験していく。
今の人には難しいかもしれない。
 と技を伝える難しさを語って頂きました。

また、刀匠たちは、鎌倉時代から南北時代の刀(太刀)の技法を再現したいと思っている。
しかし、その技法を説明した文献などはない。実物を見て、作刀に挑戦していく。

 技を継承することは難しい。しかし、技はカタチとして残る。
そして、いつか、カタチから技を再現しようと試みる者たちが続く。

 と、こんなことを思いました。

サムエル・ウルマンの『青春』の一節

人は信念と共に若く人は自信と共に若く
希望ある限り若く 疑惑と共に老ゆる
恐怖と共に老ゆる失望と共に老い朽ちる

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